■デジタル情報化時代の落とし穴
私が携帯電話を使うようになってもう14年。コミュニケーションの主役は完全にメールにシフトし、あらゆる情報がWebで発信されるようになった。リアルタイムな音声通話は、単に情報交換手段の1つに過ぎなくなった。だが、デジタルメディアに於いて、場所からの開放を実現するデバイスは、ノートPCしかなかった。
私にとって、ノートPCを外出先で絶対に必要とする場面は、1年に数回、あるかないか、だ。それにもかかわらず、どこに居ようがメールにリアルタイムに対応しなくてはいけないこともある。だから、ただメールのためだけにMacBookを持ち歩かなくてはいけなかった。緊急コールがあるとすぐに道ばたに座ってバッグからMacBookを取り出し、電源を入れる。起動してからメールをチェックし、添付ファイルを開いて、やっと電話の打ち合わせが始まる。かつて、公衆電話で10円玉を大量につかっていた時のような、馬鹿馬鹿しさではないか。
iPhoneを手に入れて1ヶ月。少なくとも、そんな苦労からは解放された。iPhoneは5MBまでのWord、Excel、 PowerPoint書類、PDF、リッチテキスト、テキスト、画像ファイルを開ける。メール添付はZIP圧縮が圧倒的に多いが、すぐに確認したければ直接電話して、圧縮しないでメールで送ってもらえばいい。だが、そんな使い方では、実を言えば、今までの古くさい"モバイル"という範疇から抜け出てはいない。単にメールがやりとりできる、とか、Webが見られる、とかは当たり前の話なのだ。
今年の7月。私は死ぬほど忙しかった。他の仕事を回しながら大きなプロジェクトに関わり、極めて短期間に最大のパフォーマンスを出す必要があった。だが、幸いな事に、そのプロジェクトの主催者は、今までのやり方にこだわらず、進んで新しい方法を取り入れようとする、新進気鋭な人だった。Google グループ(Googleが提供する簡易グループウェア)の機能を最大限に活用し、そのプロジェクトに関わる全員の情報共有と進行管理を行った。
そこでiPhoneが大活躍した。使い勝手の良さもさる事ながら、刻々とバージョンアップする台割を、Googleグループから同報配信されるメールを効率良く受け取り、どこにいようと確認することが可能だった。また、WM端末では不可能だった私の事務所へのVPNアクセスもできた。誰が何をしているのか、全体の進行の「見える化」をiPhoneで十分享受できた。それがなければ、最後は本当に悲惨な進行になっていたに違いない。まぁそれもとっかかりに過ぎないが、ともかく、どう活用するかが問題なのだ。
■iPhoneは決して"スマートフォン"ではない
壮大なiPhone祭りが終わり、お盆を迎えて静かな夜を過ごしている今、私は、色々な事を考えている。iPhoneは明らかに、ユビキタスの夢を見る未来の産物である。最低限の機能は備わっているが、それは、コンピュータでもなく電話でもない、第3のハイブリッド端末としての形だ。グループウェアとiPhoneによるコラボレーションは、アプローチの一つに過ぎない。まだまだ試行錯誤する余地はたくさんあるはずだ。
それには、iPhoneとWebサービスの本質を理解している必要がある。iPhoneにはSDカードスロットもないし、ユーザが自由にデータを保存できるワークスペースもなく、アプリケーションのインストールさえ自由にできない。ハードウェアキーボードもない。それこそが、「Windows OSのサブセット」というレガシーな発想で作られたWindows Mobile OSとの決定的な違いであり、iPhoneがミニコンピュータというコンセプトで作られていないことの証だ。
iPhoneは既存のノート型コンピュータを持ち運びが便利なように小さくし、iPodと電話を付けて売っている商品ではない。それはまさしく、今流行のUMPC(ウルトラモバイルPC)の発想であり、そのような考えなら、携帯電話はそのまま使い続けてUMPCを買った方が遙かにいい。ノートPCに近いフル機能が享受できるし、しかも値段も安い。
全ての答えはクラウドにある。クラウドやSaaSが発展途上で未完成である現在、もっともわかりやすいのが、Microsoft Exchangeやグループウェアと連携した活用、あるいは、Googleが提供する各種オンラインサービスとの連携だろう。データもサービスも全てサーバ側に置き、iPhoneはそれらを使うためのフロント端末に徹し、ローカル側で必要なモバイルアプリをネットで配信する。それこそが、これからのユビキタス・コンピューティングの理想だ。
その意味で、iPhoneはWindows Mobileベースのスマートフォンとは異質、いや、次元が異なる存在だ。アップルのコンセプトは明快だ。限りなく非力な組み込みプロセッサと貧弱なメモリ空間でできることは限られている。実際、Pocket WordやPocket Excelを使ってみればすぐに体感できる事だ。それらを使って、PCで作成するのと同じような広大なワークシートや長文のドキュメントを日常的に作成している人がいるなら、お目にかかりたいものである。
■iPhoneは未だ、夢の先取りか?
iPhone 3Gの世界戦略の出だしは快調だった。だが、アップルの未来戦略は、世界で最も革新的な"携帯電話"を売ることではない。かつてのMac OS Xのファーストリリースの時のような、いや、それ以上に凄まじい勢いで全社を挙げて無理をした。アップルの社運がかかっているのだ。アップルにとっては、ブラックベリーがいかにレガシーなのかを、これから証明しなくてはいけないわけだから、大変だ。それに、間もなくGoogle アンドロイドもやってくる。
何が何でも、iPhoneの本質を最大限に発揮する上でMobileMeというクラウドは不可欠だった。2000年に開始した時からの.Macユーザだった私は、.Macが有償オンラインサービスとして品質が低すぎることを憂いていた。 iPhoneの真価は、高品質なクラウドサービスがあって大きく広がるが、アップルがそれをどこまで実現できるのか、注目していた。
だが、アップルは致命的なミスを犯してしまった。具体的なサービス内容は.MacをWindowsユーザに広げただけに過ぎず、iPhone向けのサービスですら、カレンダー、アドレス帳、Safariブックマークのプッシュ式自動同期、プッシュメールに留まるものだった。これをクラウドというには、あまりにお粗末な内容だ。しかも、.Macからの移行作業に失敗し、ユーザのメールや同期データを消失させるという事故まで起こした。現在も散発的にトラブルは続いており、メールやiDiskに時折アクセス不能になる。
本当のiPhoneの本当の価値が誰の目にもはっきりと見えるようになるのは、MobileMeが少なくともまともに動作するようになり、かつて.Macで提供されていた「グループ」機能が復活・進化し、本当のクラウドとして進化を遂げた時だろう。
セル系通信の世界はここ数年で3.9G、そして4Gへとシフトする。世界70ヵ国以上に広がるHSDPA通信網はレガシーなものへ変わり、たかだか数Mbps程度の貧弱なインフラが劇的に成長する。iPhone 4Gの時代こそが、本当のユビキタスの世界だ。そんな未来を先取りしたい。iPhone 3Gはきっと、そんな人たちのための"デバイス"なのだろうと思う。
それまでは、インターネットもできて音楽もビデオも楽しめる多機能携帯電話、と言われても仕方がないだろうし、写メも絵文字メールも他の携帯に送れない高価なガジェットとして捉えられてしまうのも仕方ない。それ以上のiPhoneのパワーを引き出すには、ユーザが色々と知恵を絞り、Windows Mobile端末とは異なる視点で、いろいろと試行錯誤しなければならない。だが、それもまたユビキタス黎明期特有の楽しみ、と言えるのかもしれないが。(2008年8月15日) ※この項続く
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