2010年01月30日

iPadは本当に買いか? 色々と考えてみる

もう方々で語られているネタだが、例の発表以来、私の周りではiPadの話で持ちきりだ。でも、もうそんな話で盛り上がっている時点で絶対に「買い」組だ。実物を見れば絶対欲しくなるに決まっている。そう思いながらも、iPad発表について、私見を書いてみたい。私にとっては、半分はOK、半分は残念な発表だった。OKというのは価格のことで、Wi-Fiモデルは予想よりも遙かに安かった。これはいい。

しかし、実際タブレットというハードがあったところで、iPhoneと同じ事しかできないのでは、単に画面のでかいポータブルに過ぎない。きっとアップルはやってくれるのでは、という期待を持っていたのはMobileMeを大リニューアルし、新しい端末の発表に相応しい、壮大なAppleクラウドサービスの計画か発表されるのでは、と…残念なことに、iBookstoreの利用イメージはあったが、それ以上のものはなかった。

確かにクラウド端末として具体的なサービスを、今の時点で語るにはまだ早いというのはわかる。今、アップルはクラウドを載せるための世界最大規模の巨大なデータセンタを建設中だが、言ってみれば、あらゆるベンダー、キャリアがこぞって、クラウドの構築に邁進しようとしている時である。下手にビジョンなどを指し示しすようなマネはしないだろう。クラウドネイティブなGoogleとの微妙な関係もある。当然と言えば当然なのかもしれない。

だが、私は恐らくはiPadを買うだろう。iPadに最適化されたアプリ開発も本格化し、iPadの真価が発揮される日はすぐにやってくるはずだ。色々な批評で取り上げられているような「Adobe Flashの非対応」などは大した問題ではない。そもそもFlashはHTML 4というレガシー(?)な世界の産物であり、現在急速に進行しているHTML 5では、ビデオ再生にFlashプラグインなどは必要ない…。

大体、クラウドを背負って先出しされた端末を真っ先に買うような輩は、第一世代iPodや、第一世代iPhone、そしてKindleを買うような、コアな人たち志の高い人たちと相場が決まっている(笑 というのは半分は冗談だが)。それから数年かけて、ゆっくりと成長していく、そのような製品なのだから今、売れる売れないという議論をすること自体ナンセンスだ。やがては、端末もiPhoneのように幾たびかのアップデートを重ね、アプリ、そして、ネットワークで連携するクラウドが成長していく過程で、PCでもない、モバイルでもない、言うならば新たなホーム製品としての市場が形成されていく。これはもう間違いないはずだ。だが、MobileMeだけは、もっとペースを上げてなんとかしてもらいたいものだ。ただ、アイコンを雲の形にするだけじゃダメなのである。

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2009年07月11日

Googleのエリック・シュミットはなぜ、アップルの取締役なのか?

ちょっとばたばたとしており、体調も優れずブログどころの騒ぎではないのだが、どうしても今書いておかないといけないと思ってエントリを入れておく。事の発端は、GoogleがNetbook向けと目される「Chrome OS」の発表を行ったことからだ。そこに切り込んだのが、CNETのTom Krazit氏の記事だ。確かに、アメリカの独禁法では、競合する2社に同じ取締役がおり、競争抑制につながる可能性がある場合に、政府の介入が認められていることは周知の事実だが、そんな事をぐだぐだと話すよりも、そもそもなぜ、FTCが動くかもしれないことをわかっていながらにして、エリックシュミットがAppleの取締役なのか?だ。

 Dr.エリックシュミットと言えば、クラウドコンピューティングという言葉を世界に広めた人物であり、クラウドネイティブ企業、Googleのラリーページ氏とサーゲイ・ブリンとのトロイカ体制でCEOを務める人物である(同時にかつてはTwitterは貧者のシステムだと切り捨てた人物でもあったが)。今、アップルに必要なのは、クラウドである。アップルに限らずクラウドは必然的な流れであり10年後のビジョンである。もっとも、具体的な提携関係は明らかにはされていないし、携帯電話、OSの世界では両者は完全に競合関係にあるかのようだ。そこが私には落とし穴のように見える。

 アップルはマイクロソフトの「アジュール」のように、殊更「雲の中」を開示して、エンジニアの興味を惹きつけようとする企業ではない。実際、アップルは2000年にiToolsというネットワークサービス(後の.Mac)を開始して以来、有益なクラウドを作ることを決して諦めていた会社ではない。だが、MobileMeになった現在でも、アップルはクラウドらしきものは作れても、その先にあるビジョンは見えない。Googleの何らかの形での協業は必要不可欠であろう。

 その成果は着々と進んでいるのかもしれない。言うまでもなく、クラウドサービスにはデータセンターが不可欠だ。2009年5月のTechnobahnでは、アップルがデータセンターの拡張費用として向こう9年で最大10億ドルの費用支出を行う方針であることが26日、データセンター業界専門誌「Data Center Knowledge」の報道により明らかとなったと伝えている

 もし、エリック・シュミットがアップルの取締役を退こうが何をしようが、そんな事はどうでもいい話だ。最も重要な事は、アップルが今後、クラウドを軸としたどのようなビジネス戦略を切り拓いていくのか、という問題だ。恐らくは、2020年頃から2025年頃。コンピュータとOS、ソフトウェアを売って商売する時代は終わっており、そのビジネスモデルから脱却できなかった企業は終焉を迎えているだろう。10億ドルといえば、これは大変な金額である。アップルはきっと本気だ。そして、きっと、iPhoneを世に送りだしたアップルの真意が誰の目にもわかるような、ものすごいサプライズが待ち受けている、と私は思う。

 アップルがもし仮に、Mac OSで動く斬新なNetBookを出したとしても、それはもう、かつてのような重要な問題ではない。そのNetBookは単なる端末に過ぎない。それは、インターフェースデザインも使い心地も、Chrome OSとは全然違うだろう。だがそんな事よりも、雲の中にアクセスして何ができるのか、が最も重要な問題になるのだ。今、私がブログに書けるのはここまでだが、実際、その日が楽しみでならない。

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2009年06月20日

iPhone 3.0の衝撃

これまでに散々述べてきたが、iPhoneは携帯電話ではない。そして、これまでに登場したどんなスマートフォンにも似ていない。皆が苦手(だと思い込んでいる)「タッチパネル」の操作は10分も触っていれば「心地よい!」に変わる。そのとき、iPhoneは至上最強のパーソナルツールとなる。しかも100人居れば、100通りの使い方ができる情報デバイスである。ある人にとっては電話もできるゲームマシンかもしれないし、毎日忙しく飛び回る人にとっては、最強のナビゲーションツールかもしれない。

そんなiPhoneが、OS 3.0で大リニューアルを果たした。懸案だった「コピー&ペースト」やWebブラウザ「Safari」の大進化、強力な検索機能、MMSの対応など、メジャーアップデートを遂げ、その実用性は飛躍的に向上した。なんという素晴らしい使い心地だろう! 不意に私は、かつて使っていたW-ZERO3のことを思い出していた。

思えば、私の人生に於いて、初めて手に入れた”スマートフォン”は、かの「W-ZERO3」だった。その時のエントリは「オールドアーカイブ」のこことか、ここにあるわけであるが、当時はまだHSPAもないしイーモバもなかった。発売日当日にゲットしたのだが、行列もないし予約が殺到して店がパニックになることもない。本当に静かな発売日だった。

今や、江ノ島島内でも相模湾海上でも、イーモバの電波がバリバリに入るのだから、思えばこの数年でモバイル環境は劇的に進歩したものだ。各携帯キャリアが揃いつつある・・というこの状況で、iPhoneが日本に上陸していなかったなら、せっかく高速なインフラがあっても、かなりモバイルの現状は悲惨極まりないことになっていたであろう。

2009年5月末の携帯電話の契約数は携帯、PHSを合わせて1億1200万回線ほど。そのうち、日本でスマートフォンがどのくらいの台数を占めているのかはわからないが、アップルが言うには、スマートフォン市場の中でiPhoneは65%のシェアという。その数字もさることながら、やはり、誰もがスマートフォンと言えば「iPhone」を思い浮かべるだろう。携帯全体の中でiPhoneが占める割合はまだまだだが、これからは法人ユースを含め、着実にシェアを広げていくに違いない。

値段に対する偏見や誤解もどんどん解けるに違いない。iPhoneは高い!と敬遠する人は、私の周りでも実に多かった。だが、報奨金制度がなくなった今、iPhoneより高価な携帯電話はたくさんある。たとえば、ソフトバンクの「AQUOS SHOT SoftBank 933SH」などは、現金販売価格は実に9万520円。月月割で実質4万7500円だ。iPhoneで出来ることを考えて見れば、いかにiPhoneが安いことか!パケット料金の上限も4410円と非常に安い。もし、手持ちの携帯がヘタリ気味で買い換えを考えているなら、実際、料金を比べてみるといい。

iPhoneは私にとって、ちょっとだけ先の未来を現実のものにしてくれる、魔法の機械である。その魔法が何か、は、これから発売されるムックや雑誌、書籍、それにWeb媒体などでどんどん伝えていくつもりだ。そして、今月26日には、最新のiPhone 3G Sがリリースされる。「iPhone」の世界は次のフェーズに突入する。Googleのアンドロイドも6月末にNTTドコモから発売され、いよいよ面白い事になってきた。今年は、さすがに昨年のiPhone祭りのような馬鹿騒ぎはないが、着実にiPhoneユーザを増やす年になりそうだ。

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2009年03月06日

BootCampの運用はリスク覚悟?

私の検証用マシンは、3年前に購入したMacBook CoreDuo 2GHzである。相当使い込んでいるのだが、これまでトラブルらしいトラブルには遭遇してこなかったのは幸いだ。このマシンはMac OS X LeopardとWindows XP、Vistaのデュアルブート構成で、連日フル稼働している。だが、このところ立て続けに災難に見舞われている。

まず、最初にキーボードの一部が効かなくなった。これは、キートップ交換で3万7千円で解決した。次に内蔵光学ドライブの調子が悪くなり、ディスクを入れてもすぐに吐き出されてしまう。20回ぐらいしつこくやっているとなんとか入る、という状況だ。また、バッテリが突然おかしくなり、満充電から20分〜30分でバッテリ残量が0になる。これらはお金を出して修復すればいい。だが、ハードディスクの中身はそうもいかない。

今日は本当に最悪の日だった。風邪気味なのか朝からひどい頭痛が収まらず、さっさと寝ようとしていたのだが、Windows Vistaの挙動が怪しく、起動したりしなかったりする。意を決してWindows XPから再度インストールし直そうとすると、パーティションが初期化できずにエラー終了する。ええい、Mac側でパーティションを切り直せと、やってはいけないことをやってしまった。それをやると、Windowsのブートができなくなってしまうのだ。Windows側でブートシステムを弄るツールはあるのだが、Macしか起動しないのではお手上げだ。

データはMac OS Xから読めるので必要なものを吸い上げれば、なんとかなるが、3ブート環境を失ってしまったので、Windows XPとVistaの再インストールと環境構築を1から始めなければならない。とんだ非生産的時間のロスである。これから、再インストール大会である。Mac OS XにはTime Capsuleという自動バックアップツールがあるが、BootCampには未対応だ。それに、データはバックアップできても、起動環境はバックアップされない。BootCamp運用の怖さはこんなところにあるのだ

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2009年03月03日

なぜ「節約」は難しいのか?

私は2008年の夏、中小企業経営のカリスマ、小山昇社長にお会いした。その時に書いた記事はここにあるが、就職サイトの求人系取材だったのでその時に聞いた話の全てを記事にすることはできなかったものの、氏の会社経営のなんたるかの本質が垣間見えた、有意義な取材だった。氏がどのような方であるかは、日経BPの連載コラムを見て頂くとして、氏が人間の本能の領域を突いて、実践可能な形にして秩序づけるという神業的なことをやっていることに大変に感銘を受けた。小山氏は独特の、一本筋の通った哲学を持っている。万人がそれに賛同できないこともまた事実だ。それを前提に氏が社員を採用していることも1つのポイントであろう。

怪しげなマーケティング理論や、まるで中学校の風紀委員の書いたようなコンプライアンス策など、人間本来の原理を無視する理屈ばかりが横行する中、小山氏の実践する策は、人間の理性が関与していない、いわば本能が支配する行動をベースに組み立てられていた。詳細は割愛するが、その実践する数々の社内制度の根底にあるのは、日常に埋没し、本能的に行動してしまう事柄をどう社員に再認識させたり、理性の領域でコントロールするように持って行くか、というアイデアに溢れていた。そもそも人間はなまけものであり、社内の職制に乗じていばりたがる。変化を嫌い、権力や金銭的報酬を守ろうとする。面倒な人間関係を避けたがる。そして、恐らくムダなお金を使いたがる動物なのだろう。

このことは、最近流行の「節約」というものの本質を理解する上でも、大いに参考になった。またか、と言われそうだが、禁煙もその1つである。私の記憶が正しければ、小山氏の禁煙話も取材中にあった。私はこれまでに300万円近いカネを燃やした人間だが、タバコに限らず、自動販売機のジュースだってそうだ。たとえば、120円のジュースを1日平均1本ぐらい買うとしよう。年間に消費する缶ジュースは365本分で43800円にもなる。だがノドが乾いたとき、目の前に自販機があれば無意識に買ってしまう。家でお茶をポットに入れて持ち歩くなんて面倒すぎるし、あり得ない。

人間の基本的衝動は、常に快楽原理主義である。節約が難しいのは、至極当然ながら、その本能的行動を自分の力だけで律することが難しいからだ。それに、カネを払って得られる対価の最たるものは理屈ではなく、脳への報酬行動(ドーパミン)である。それがエスカレートすると、買い物依存症になってしまうのだろう。そんな駄文を書いている最中に、アップルがiMacやらMac ProやらMacminiやらハードウェアの大リニューアルリリースを発表しているではないか! おお、どれもこれもパワフルになって随分安く・・・いやいやいやいや。

まずは、自分自身の衝動がもたらす行為というものを認め、それが自分なのだと受け入れる事が必要だ。それができたら半分成功したようなものだろう。その意味で、節約にセオリーなどない。強いて言うなら、本当に自分の人生に於いて必要なものを吟味する行動であり、大げさに言えば、自分の行動原理を再定義するもの、と言えるだろう。禁煙はそんな事までを考えるきっかけになった。恐らくこの不況は、考えもナシに漫然と続けてきたあらゆるムダを一掃するチャンスなのかもしれない。もう既に、世の中は大量の購買とおびただしい消費で回ってはいないのだから。

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2009年02月28日

変わっていくもの、終息していくもの

ITの世界は日進月歩、次々と目新しい技術が登場していく・・てな調子の前振りを、私はこれまで何百回原稿で使ったことだろうか。だが、テクノロジーの進歩とは、実際何なのであろうか。この手の話題に取り上げれる代表的な例に、ムーアの法則がある。ムーアとはご周知の通り、シリコンバレーで起業したベンチャー、インテルの創業者の一人だ。1965年に『半導体チップの集積度は、およそ18カ月で2倍になる』と彼は言った。だが、2007年にムーアは、その法則が10年後、15年後に行き詰まる、とIntel Developer Forumの質疑応答の中で発言している。テクニカルな話はここでは割愛するが、平たく言ってしまえば2020年頃に、もうシングルCPUの成長はいくところまで行ってしまう、ということだ。もちろん、インテルのオフィシャルページにはそんな事は書いていないが、「指数関数的成長は永遠には続かない。しかしその永遠を先延ばしにすることはできる」というムーア博士の論文のPDFファイルをダウンロードすることは可能だ。

既存のテクノロジーはいずれは飽和状態を迎えるだろう。それまで市場を席巻していた巨大IT企業が、このまま永遠に成長を続けられるかどうかは限りなく厳しい。もちろん、今でも次々に新しいマルチコアCPUが投入され、イノベーションは続いているかに見える。だが、もうIntel Core 2 Duoで十分ではないか。MPEG-4エンコードをもっと速くやりたい、とか、膨大な3Dレンダリングをどうにかしたい、というニーズはあるにせよ、一般的なビジネスユーザやコンシューマにとって、これ以上PCが速くなっても別段大きな意味はない。限りなく肥大化し、緩慢になったExcelやWordの処理速度が多少改善されるぐらいの事だ。

PC、Macの黄金期
OSの世界では、世界で一番、多くの人々を熱狂させたのは「Windows 95」の登場だった。私は運良く、Windows 95のお披露目の舞台となったラスベガスのコンベンションセンターで、ビルゲイツの基調講演を生で聴いた。その頃はITバブル絶頂期だったから、取材費用は全部出版社持ちだった。Comdexの展示会場には至る所に「Windows 95 Ready to run」と書かれた横断幕や旗が並び、世界中からとんでもない数の人々がラスベガスに押し寄せた。基調講演の朝、私は朝7時から並んでいたが、既に何百メートルもの長蛇の列ができていたことを覚えている。

そして、Windows 95の本は飛ぶように売れた。ともかく売れた。マイクロソフトの躍進ぶりは、OSのライセンス供与を開始してしまうぐらい追い詰められていた、ジョブズなきアップルとは対照的だった。マイクロソフトが天下をとり、アップルはやがて業界から消えてしまうだろう、と言われていた時代だ。その後のジョブズ復帰後のアップルの目覚ましい躍進ぶりは、既に数多くの書籍に書かれている通りであるが、2009年を迎えた今、新しいWindowsやMac OS、新しいコンピュータが出る度に人々が歓声を上げるような、そんな古き佳き時代は終わりつつある。まもなく、パーソナルコンピュータは家電業界や自動車業界のようなフェーズに入るだろう。

次の時代の担い手は・・・
既にWindows OSはXPでその成長が止まったかのようだ。そして、Windowsを尻目に極めて先進的な、ジョブズらしい大胆なアイデアでバージョンアップの度に人々を驚かせたMac OSも、Leopardを最後として、ひとまず終息する。今年登場するであろうMac OS X v.10.6 Snow Leopardはその名の通り、基本的にはLeopardの内部リファイン系であり、事実上の成熟宣言と取れるアップルのコメントさえ出ている。PCやMacのイノベーションの波は、そろそろ落ち着きを見せ始めている。ジョブズなき、Mac World Expo 2009のライブを見ていた私は、その思いをさらに強くした。

こんな時代にあって、IT業界に残された最後のフロンティアは、ワイヤレス&モバイルの世界だ。既にレガシーとなりつつある、PC、Macの世界。その時代の流れの先にあるデバイスがiPhoneでありBlack Berryなのだ。恐らく今は、世界で一番利用されているモバイルデバイスは「携帯電話」であろうが、既に成熟し切ってしまった「ケータイ」の未来はもうない。昨年はiPhoneを携帯電話としてもの申す記事を良く目にしたものだが、いかにiPhoneの本質をわかっていない人が多いのかを痛感したものだ。

モバイル&ワイヤレスに未来が見える
iPhone 3GやWindows Mobile端末は、まさに次のイノベーションに向けたプロトタイプだ。数年後に登場する1Gbps超のワイヤレスネットワークと、今のUMPC、いや、それ以上の性能を持つ小型デバイスが、ITの世界そのものを根本的に変え、人々のITを軸とするライフスタイルそのものを変革していくことだろう。まだ正式なアナウンスはない(当然だが)が、そのプロトタイプ第2弾となる、クワッドコアCPU搭載のパワフルな次世代iPhoneがまた1つ、これからのITの未来を垣間見せてくれるに違いない。

だが、本当に次のイノベーションを実現するためには、超高速ネットワークとハイパフォーマンスな端末があればいい、というわけではない。実はクラウドとその雲の上にあるべき革新的なサービスこそが、イノベーションの鍵を握る。メールもWebも音楽も動画もPIMも、ゲームも・・では、ケータイと同じじゃない?と言われて当然だ。アップルはそのことを理解している。だからこそ.MacをMobileMeにリニューアルしたのだ。だが、現実のMobileMeはまだまだ理想とはほど遠い。願わくば、Googleを超えるようなサービスをぜひ実現してもらいたいものだが、その道のりは険しそうだ。

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2009年02月23日

ニコチンも一つの生き方

禁煙28日目。ニコチンだとかアルコールだとか夜遊びだとか、体に悪いことが大好きだった自分には、実に味気ない毎日だ。ヤク中は実に悲惨であるが、中島らも氏の言葉を借りるなら「ヘロインも一つの生き方」だ。ヘロイン中毒者は自分をヤク中だと思っていない。ヤク漬けの人生はヤク中にとっては単なる日常に過ぎない。ただ、ウィリアム・バロウズはイギリスの療養施設でメサドン治療を受けてヘロイン中毒から脱したため、南米で命を落とすことはなかった。自伝によれば、ヘロインを買おうとした時、それが最後の小切手であることに気づき、自分がヤク中であることを悟ったようである。

ヘロインはともかく、酒もタバコも一つの文化であり、人生のスパイスである。しかし、残念ながらニコチンの依存性はアルコールよりも高い。アルコール中毒に至るにはそれなりのプロセスが必要だが、ニコチンはそれがない。中毒になるのは簡単だ。肺に吸い込むだけで8秒で脳に到達し、ニコチン受容体なるものを創り出す。1本吸うだけで立派なヤク中のできあがりだ。ニコチンは1時間で解毒され、肉体的禁断症状を生み出す。いや、それも人生である。ニコチンと共に歩むという。運が良ければ、私の父親のように、70を過ぎてもタバコを吸い続けたまま、肺ガンにもならずに元気に生きていける。なにしろ、父は若かりし頃は缶ピースを毎日何十本も吸い続けていたのだ。その煙の中で育った私が、タバコが嫌いなワケはない。

恐らくは、タバコに含まれる成分がニコチンだけだったなら、私はまだ吸い続けていたに違いない。2年ほど前に体調を崩したことがあり(実は炎天下で1週間ほどハードなクルマいじりをしていたのが原因)、それ以来タバコがまずく、吸う度に気分が悪くなる。残念であるが、これでは止めざるを得ない。想像するに、タバコに含まれるアセトアルデヒドや窒素酸化物、アンモニアなどの添加物が原因だろう。実は、タバコのガス中に含まれるニコチンはたった7.5%しかなく、アセトアルデヒドは5.5%もある。一番多いのが一酸化炭素で、78%以上を占める。実は、元々私はアセトアルデヒドに反応しやすく、加齢と共に反応が顕著になってきたのだろう。

タバコを止めるのは正直、甘くはない。楽々禁煙、など嘘である。ブリンクマン指数の高い人ほど離脱症状が強く出る。600以上だとまず、根性禁煙は厳しい。自分の指数はゆうに1000を超えている。こんな重度な人は、1ヶ月後からが勝負ということらしい。喫煙で気分転換していた脳のロジックを変える・・いや、何と言ったらいいのだろう。タバコのない人生の中で、どう人生を彩っていくのか。それが最も重要な問題なのだ。まだ自分は、タバコを全く知らずに生きてきた人たちが見る「喫煙者」の姿が見えない。きっと一生見えないのかも知れない。ただ、タバコを止めない限り、自分がヤク中であることには気づかないだろう。

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2008年12月08日

筑紫哲也氏という存在

筑紫哲也氏が亡くなって、もう1ヶ月が過ぎた。

私が青臭き大学生だった頃、筑紫哲也という人物は、平たく言えばあこがれのジャーナリストだった。その当時、筑紫氏は朝日ジャーナルの編集長を務めていた。メディア系サークルに所属していた私は、大学祭の文化系サークル実行委員として、講演会に招くための活動を行っていた。しかし、それほど潤沢な予算はない。講演料として出せる金額は10〜15万円程度だったと記憶する。筑紫氏は安いギャラにもかかわらず、我が母校の学園祭で淡々と、熱き想いを語ってくれた。そんなことを思い出していた。

氏の功績は、私が語るまでもない。田勢康弘氏が読売オンラインで書かれているように、徹頭徹尾、活字人間であり、NEWS 23は、まさに、編集長ー筑紫氏の独壇場であった。雑誌は編集長の信念で創られ、その人格によって彩られる。そんな魅力が出版の世界でまだまだ通用していた時代である。活動の場を雑誌からテレビに移し、編集長として巨大な商用メディアを使って、前代未聞のニュース番組を創り上げた。そこには、人間、筑紫氏の等身大の人格がしっかりと生きていた。だからこそ、数多くの痛烈な批判にさらされたり、発言を巡って論争の糸口にもなったのである。

恐らくはNEWS 23を超えるものは存在しなかったし、これからも出現しないかもしれない。風の便りに聞いた話では、多くの夜のニュース番組は、最初から、ニュースに対するコメント文が事前に作成されており、キャスターはそのシナリオ通りに相づちを打ったりコメントを棒読みするだけであると言う。そのことは、池田信夫氏のBlogにも書かれている。無味乾燥で、キャスターの人格が見えないニュースショウ。これなら、単にニュース原稿を読み上げるだけでいいのではないか、とさえ思う。

NEWS 23は来年3月で打ち切りとなり、既に多事争論もない。だが、筑紫氏の築いた功績を讃え、その偉業を継承していく試みがWeb上で行われている。NEWS 23関係者有志が今年8月に立ち上げた「Web多事争論」というサイトだ。筑紫哲也氏は、日本のジャーナリストの父というべき、巨大な存在であったことを改めて認識せざるを得ない。正論のベクトルを亡きにして異論・反論などは決して存在し得ない。ましてや風刺など。雑誌、新聞、テレビ。日本のメディアはこれから、どこへ向かおうとしているのだろうか。いや、一体どこへ向かうべきなのだろうか。

<12月8日 追記>
2007年12月24日。筑紫哲也NEWS 23は年末スペシャルとして「生活破壊 -ぎりぎり以下を生きる」という特集を組んだ。敢えてイブの日に放送したのは、恐らくは筑紫氏やプロデューサーの意図するところであっただろう。その、並ならぬ気配を感じ、番組をHDDレコーダーに録画した。

一貫して現場主義を貫き、生涯を現役で通した筑紫氏の、いや、筑紫氏しかできなかったドキュメンタリーだった。生活苦のために80歳の認知症の母親を絞殺し、刑期を終えて路頭にさまよう50歳の息子。セクハラや嫌がらせを受けてうつ病を煩い、知人宅の台所に寝泊まりしている「広島の凛さん」という女性。2年以上車の中で生活していたという33歳の女性。その凄まじいばかりの現実。貧しさの意味。同じTBSの「報道特集」などの番組の目線とは明らかに違う。

カメラは、自分の意志にかかわらず既に生活が破壊されてしまった人々を、行政が救済するどころか、罵倒し追い払うという現実をしっかりと、報道者の目線ではなく、取材対象者の目線で映していた。恐らく、放送できるギリギリのラインであったかもしれない。取材対象者の目線で行政の実態を映し出したが故の、説得力がそこにはあった。それこそが、「生活破壊」で視聴者に伝えるメッセージだったのだ。

その番組の多事争論は、入院中の聖路加国際病院の屋上から届けられた「自己責任」というテーマだった。その全文はNEWS 23のアーカイブに残されているが、そのテーマのきっかけになったのは、「生活破壊」に登場した取材対象者からの要望からであったことを、私は後に「Web多事争論」の「寄せられたご意見」のメッセージで知った。その多事争論は、自らのガン闘病生活と重ね合わせ、新自由主義と言われる「自己責任」の本質を、わかりやすく解いている。視聴者がともかく考えさせれられるように、見事に引き込まれていく。それが筑紫流の真骨頂であろう。

かつて、大学のメディア系サークルでマクルーハンの研究から始まり「主体的な放送」を皆で激論しあい、キャンパス内の有線音声網を使って実践していた学生時代を、私は思い出す。「中立・公正、客観的な放送」という幻想ー現実調和は、私の内なる世界では、あれから20年以上が経過した今もなお、一層の不穏な輝きを増して幻想の頂点を極めようとしている。テレビに於いては、サブプライム問題が発生するよりもずっと昔。テレビの世界では湾岸戦争以降、中立・公正・客観的報道を隠れ蓑に、無味乾燥でコントロールされた放送というものが主流になって久しい。その結果が、相次ぐテレビ局の赤字決算、視聴率の低迷、広告収入の激減である。それはテレビに限らず、雑誌だろうが新聞であろうが、視聴者離れ、読者離れが加速していることは誰の目にも明らかだ。

これらはメディアの抱える本質の1つに過ぎないであろうが、私はこれ以上、話を進めるつもりはない。ただ、IT出版という小さなマーケットの末席で、本当にささやかに専業ライターを生業としている私にとって、この問題は私自身の重要な問題でもある。視聴者・読者ありき、がメディアの本質である。いくら広告収入を増やそうとしゃかりになっても、それだけでは読者や視聴者は離れていく。誰も見ない、読まないメディアは、もはやメディアではない。そんな当たり前の事を、もっと真剣に考える必要があるのではないか。小手先の「局所最適化」だけでは、立ち行かない。それが本当の現実なのかもしれない。

確かに、筑紫哲也という主体が、その商業メディアとしての限界ぎりぎりのところで、1000万人以上の視聴者に向けて放送したNEWS 23は、氏でなければできない偉業であったかもしれない。
だが、氏の軌跡から学ぶべき事やヒントはたくさんある。ここ数年の間に「俺的には」「個人的には」というフレーズを耳にする、俺的ではない中立・公正なメディアの力が衰えると共に、巨大掲示板やSNS、YouTubeなど「俺的」メディアへの支持が高まる。俺的なるものには力がある。そして、俺的ではないメディアは・・(この稿、つづく・・かもしれない)。

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2008年08月15日

iPhoneが示す過去・現在・未来

今日、私は長年使い続けてきた"携帯電話"を解約し、
iPhoneという新しい"デバイス"に乗り換えた。

私が初めて、"携帯電話"を持ったのは1994年の事だった。記憶が正しければ、当時はNTT移動通信網という会社でブランド名がNTTドコモだったように思う。94年という年は、はじめて携帯電話の買い上げ制度がスタートした記念すべき年であったが、その値段は目玉が飛び出るほど高く、フリーライターとして独立したばかりの身分で払える額ではなかった。結局、保証金10万円を払い、レンタルで「ムーバP VII」を手に入れたのだった。

当時、携帯電話を持つ人は少なかった。「マナーモード」なんてものは付いているわけはないので、電車で移動している時だろうが、行きつけの食堂でさんま定食を食べている時だろうが、お構いなしに甲高いベル音が鳴る。周囲の人々が一斉に「何が鳴っているの?」という顔でこちらを見る。厄介なモノを持ってしまった、と思った。当時パブリシティ系の編集もやっていた私は、あるクライアントから、いつも不在で困る!携帯電話を持て、と言われたのでしぶしぶ契約したに過ぎなかった。

だが、95年になって編集の仕事を離れても、携帯電話を解約しようとは思わなかった。周りのフリーランス達は携帯電話を持っておらず、ポケベルでさえも持っていない人が多かった。事ある毎に自宅に公衆電話を探して電話をかけ、留守番電話のメッセージを確認し、そこから10円玉をたくさん取り出してクライアントへ電話をしているのだ。これが、普通のフリーランスのスタイルだったのだ。もうそれに戻るのは無理だった。

■続きを読む.....

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2008年07月23日

iPhoneの本当の凄さはこれからだ

このところ昼も夜もなく原稿を書いている。72時間サイクルで延々と回っている感じだ。朝から晩までiPhoneに触り、テストデータでさまざまな検証を行っているため、まだ自分のiPhoneという実感がない。何回かの初期化や復元をした後、昨日やっと、2つのプロジェクトの進行が見えてきて、本当の自分のデータをiPhoneに入れ、どんな風に自分の仕事や生活に活用できるのか?という、本来のアプローチにようやく着手したところだ。

気分としては、もう1ヶ月前に発売された製品のような気がしていたが、いや、まてよ。ちょっと暑さで頭が朦朧としていたのか、朝から晩までiPhone漬けだったせいかもしれない。実は発売日は、まだ12日前の事だった。巷では、携帯界の黒船だの、電話としては最悪で絵文字も使えないだの、色々な「批評」だの「感想」だのが飛び交った2週間だった。書きたいことはたくさんあるが、まだまだまだまだ・・・・たくさんの仕事を抱えているので、短くまとめてみようと思う。

少なくとも、iPhoneは携帯電話ではない。かつて、ワープロ全盛期だった80年代。突如として出現したパーソナルコンピュータのように、「ユビキタス」という夢を抱えた新しいデバイスとして登場したのだ。電話や通信機能、メールやWebブラウザなどのアプリケーション、MobileMeというクラウド。それらは、あくまで、現時点で実現できる技術を駆使してアップルが示した「提案」の1つに過ぎない。それらに惑わされているようでは、iPhoneの示す本当のビジョンは見えてこない。

私は、この2週間の間色々な事を試した。クルマで走りながらGPSで現在地をトラッキングして最短のルートを探したり、アドレス帳から地図を表示させて場所を確認したり、メールに添付された数メガバイトのPDFやExcelの表、写真を確認し、その場でメールの返事を書いたり、App Storeで買ったアプリケーションで絵を描いたりゲームしてみたり、着信音をオリジナル音に変えてみたり。だが、それはほんの序の口だ。本当のお楽しみは、これからだ。なにしろ、私にはたくさんのプランがあるのだ。

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2008年07月09日

iPhone現象はこれからどうなっていく?

昨日、いよいよiPhoneに関する詳細情報がソフトバンクモバイルから発表された。業界中はその話で持ちきりで、私自身、色々とiPhone絡みのプロジェクトにかかわっている関係で、電話とメールの応対に明け暮れてしまった。いよいよ祭り第2周目といったところだ。そんな話をカミさんに話していると「で、結局並ぶの?」と聞かれてしまった。彼女ももともとIT系出版社の編集部にいた人間であるから、日本のメーカーの新製品記事の進行はある程度知っている。彼女が解せないのは「なぜ、プレス関係者に対して、試作機とか貸出機が事前に提供されないのか?」と言う事のようだった。

アップルという会社は、普通の会社ではない。世の中に出す情報の全ては、全て自社でコントロールし、完璧なシナリオを実行する。それこそアップルらしさだ。もし、発表以前に色々な情報がリークしてしまったら、発売日当日のサプライズは薄い。昨年のiPhoneに関する情報統制は本当に見事としか言いようがない。本来、リーク情報というものはメーカーにとってあってはならない話なのだ。それを完璧なまでにコントロールしたアップルは、凄い会社だと思わざるを得ない。いくらNDAで縛ってみても試作機なんぞを渡してしまえば、終わりである。

数日前、ある媒体向けに、アップル創設者にしてCEOであるスティーブ・ジョブズ氏をフォーカスし、アップルに復帰した1998年から2008年に至る歴史をテーマとした長い原稿を書いていた。改めて、消滅寸前だった瀕死のアップルをここまで成長させたジョブズ氏の恐るべき力を感じざるを得なかった。そこで思い出したのが、昨年の8月。ちょうどアメリカでiPhoneが発売されて間もない頃のBusiness Weekの「アップルと組むのは危険 圧倒的な市場支配力が作り出す奇妙な提携関係」という記事だった。

この記事では「アップルはアイフォンとその華やかに演出された登場によって称賛された。しかし、AT&Tは「データ通信速度が遅い」「通信が時々切れる」「サービスの一部が使えない」といった予期していなかった批判にさらされている。」とある。恐らく日本でも、iPhoneはアップルの意図する通り華やかな演出によって称賛されるのみであり、ソフトバンクモバイルは、これから起こりうるさまざまな批判に晒され、大きな試練の時を迎えるかもしれない。もっとも、ソフトバンク携帯の知名度は相当に上昇するだろうが、単に契約者増のための宣材で終わってしまうのでは、あまりにつまらない。

既にして、ネットでは「俺はソフトバンクモバイルの携帯を買いたいんじゃなくて、アップルの携帯が買いたいんだ」という発言が目立つようになってきた。これまでの携帯電話の世界の常識では、考えられない事態が着々と進行している。不遜な物言いではあるが、実際これからが、ソフトバンクモバイルの腕の見せ所ではないだろうか。単なるアップルの下請けとして販売業務と回線業務を担当するだけではなく、強者アップルと連携して新たなモバイル市場を創造していく。私は実際、そこに大いに期待している。

あらゆる物事がアップルのフルコントロール下で動いている中で、そんな事ができるのか?という疑問はある。確かに短期的に見れば答えはNoだ。だが、いくらiPhoneそのものが優れていても、キャリアの存在がなければ所詮はiPod touchと同じである。事はそう簡単にいかないことはわかっている。だが、どんな形であるにせよ、来るべき4Gの世界に向け、新たなモバイル・ライフスタイルの提案と具体的なサービスを実現していくため、アップル、コンテンツプロバイダー、そしてソフトウェア開発者と共闘していく。これこそが、ユーザがキャリアに最も期待することなのではなかろうか。

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2008年06月11日

iPhone狂想曲、序章はじまる

1つのベンダーが携帯電話をつくり、世界中のキャリアに「7月11日から販売するように」と言う。発売日以外のいかなる情報も開示せず、キャリアにもそれを求める。誰も、何もわからないまま、熱いユーザ達がソフトバンクショップの窓口に殺到し、「予約はできるんですか?」と尋ねる。もちろん、ショップには何も伝えられていない。もはや、古典的なキャリア主導型ビジネスモデルでの「常識」など、影も形もないのだ。

昨日午後、私は「日本一早くiPhoneを予約した人物」Cooley氏に、予約した時の状況を尋ねてみた。「どんなモデルがいつ入るのか、全く情報がない、約束もできない」「予約票で【仮予約】という形で受け付けることは可能」・・・ということだった。なるほど、と思った。私はすぐに横浜に向かい、とあるソフトバンクショップで「ご予約チケット」なる紙に、名前と連絡先、希望する機種を書いて店員に渡すことができた。

もちろん、「7月11日の発売開始日に渡せる保証がない」という条件の約束を紙切れで交わすなど、本来はあり得ない。冷静に考えてみれば、それは「予約」ではなく、「iPhone欲しい病」で熱い血が脳天まで突き抜けてしまった人たちに対する、精神安定剤に過ぎない。だが、その場を鎮められたとしても、後々問題に対処せざるを得なくなる。判断はショップによって異なっていた。クスリを出せば、気持ちよく帰って頂けるし、また来店してもらえるチャンスがある分、iPhoneが入荷しなかった時のリスクも抱える。クスリを出さなければ、もう二度と客はこないかもしれないが、リスクはない。

ソフトバンクの看板を掲げる販売店のほとんどは、代理店(取り次ぎ)が運営している。そして、その代理店から仕事を取り次ぐ2次代理店もある。私の仕事場から近い直営店(ソフトバンクモバイル直轄)は神奈川県に1店舗、東京都で3店舗だけだ。代理店もまた、さまざまだ。小さいところも、大きいところもある。たとえば、「ベルパーク」は比較的大きな代理店の1つだ。ただし、地方だと、ほんとに小さい運営会社だったりすることもある。

6月10日の夕方、地元のソフトバンクショップを営む社長にその辺の事情を尋ねてみた。ショップの情報端末には何の情報もなく、新聞で知った、と言う。それから、iPhoneに関する問い合わせの電話が山のように入ってくる。一日中対応に追われ、ホントに大変だった、と言う。そのショップでは、予約票は発行しなかった。悪夢のようなディズニー携帯発売時の混乱が教訓だった、と言う。

このように、iPhone欲しい病患者の対応は代理店の裁量に任されている。あわてて「予約票」なるものをワープロで作ったショップもあれば、そうでないショップもある。ただ、今日に至っては、本部から「予約票の発行を中止するよう」要請があったという噂もある。いずれにしても、我々もショップも、これから延々と踊らされるわけである。なにしろ、日本の携帯電話の歴史が始まって以来の、何もかもがBrand newな出来事なのだ。だが、これはほんの始まりに過ぎない。スマートフォンと呼ばれている市場が、これからどのような方向に向かうのか。今年は大変な年になりそうだ。

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2008年02月28日

MacBook Airの本質

 長い長い1ヶ月以上もの修羅場が延々と続き、既にして心身共に限界を超えてしまっているのであるが、どうしても今書かないと二度と書かないであろう事を書き留めておこう。MacBook Airの話である。

 今、私の目の前には、編集部から貸し出されたMacBook Airがある。なぜ今、アップルはMacBook Airという製品を世に送り込んだのか。それは、実際にこの目で見て、じっくり触ってみないと理解することはできなかった。電源を入れ、使い始めてすぐに、MacBook Airの本質を理解した。これは、まさしく、ノートの未来形だ。

 極限まで薄いノート。それが実際どんな存在なのか、私はまるで理解していなかった。そもそも、薄いという事が何を意味するのか、想像もつかなかったのだ。それはたとえば、ThinkPadとは対極にあるコンセプトだ。ふわりと軽い、存在感のないノート。恐らくこのノートが目指したものは、まさにAir(空気)である。これまでのMacBookが「大きくて分厚い辞書」だとすれば、MacBook Airは「大学ノート」である。そう。大学ノートなのだから、軽くて当たり前なのだ。分厚くてかさばるだの、重いだの、もう、そんなことを話題にする意味すらない。

 ついでに言うなら、CPUの能力がどうだの、メモリは何ギガまで積めるだの、インターフェースはどうだの。そんな話をする意味もない。古の70年代。まだまだ庶民のステータスであったクルマの世界では、DOHCの何バルブで出力は何馬力、ゼロヨンはいくつで最高速はなんぼ、なんて話が、もっぱらクルマに対する評価だった。新車が出るたびに「このクルマ、最高何キロまで出る?」が話題の中心だった。だが、今は違う。一部のエンスー以外は、誰も最高速や加速性能など気にはしない。居住性、快適性、安全性、機能性と実用性、そして価格。それらが、ほとんどの人のクルマに対する評価ポイントだ。そう。エンスーは、何もかもが完璧なNISSAN GT-Rを800万円出して買えばいいのだ。

 ようやく、コンピュータの世界も、スペックだけでモノを評価する、という時代がそろそろ終わりかけていることをAirは教えてくれる。恐らく大部分のユーザがMacで行う作業のほとんどをカバーする、カジュアルなノート。願わくば、価格ももっとカジュアルになって欲しいものだ。貧乏ライターである私には、まだAirはふわりと軽い、高嶺の花だ。

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2008年01月15日

ニッポンのITの未来は明るいか?

 いよいよ1月16日午前2時。アメリカ西部時間で言えば1月15日。年に一度のMacの大祭り。MacWorld Expo San Francisco 2008が、あと数時間で開催されます。Macな世界に居る人たちにはもう説明の必要はありませんが、アップル社CEO、スティーブ・ジョブズ氏が一体何を発表するのか? 昨年は衝撃の「iPod touch」(※失礼しました「iPhone」と書くところをなぜか・・)を発表したアップル。今年はウルトラポータブルの年になりそうですね。

 私も業界関係者の一人として、実は密かに「今年こそ」サンフランシスコ現地取材を企ててはいたのですが、残念ながら叶いませんでした。やっぱり、半年前ぐらいからスケジュール調整していないと、ダメっぽいですね。今年も日本でゆるりと発表速報を待ちながら、諸々、淡々と仕事を進めております。

 と、そんな調子で別件で情報収集をしている最中に、日経ITProに興味深い記事を見つけました。エンジニア向けのキャリアデザイン系記事なんですが「3万人調査で分かったITエンジニアの実態」と題された、エンジニア実態調査(iSRF)のレポートであります。職種別に見たITSSスキルレベルの分布、回答者のスキルレベル分布、職種別・回答者全体の平均年収が詳細にレポートされております。唸ってしまいました。ITSSとはそもそも経済産業省が、日本のIT技術の国際競争力を高めるためにこしらえたもので、一般的にITエンジニアの9割がレベル1から3に当てはまるとも言われています。ちなみにヒューマンスキルは規定されていません。

 しかしながら、その調査結果はなかなか面白い。ITSSレベル1に満たない人、つまり、未経験レベルという最下位の人が、コンサルタントやITアーキテクト、プロジェクトマネジメントという上流中の上流職種に存在するというのは、どういうわけだ? しかも、そのITSS平均レベルは3.2〜3.5しかないのです。運用管理(オペレーション)に至っては、平均レベルは2。20%が未経験クラス、25%がレベル1と最も低い値でした。なるほどなぁ・・。

 まぁ、ITSS自体の問題や実施方法の問題もあるわけだし、ITSSレベル6とか7(そんな奴、おるんか?)とかは論外としても、そんなもんなのか。ちなみに回答者の平均年収は550万円。年収800万以上を稼ぐ凄腕エンジニアは、わずか11%でした・・・。ITSSの考え方やガイドラインと、現実の世界とを照らし合わせる意味で、実に有益な資料ではあります。

 かつてはこの調査で言うところの「ITスペシャリスト(?)」だった私には、もう開発の現場は過去の話ですが、もし、出版業界にもITSSみたいなスキル計測の基準ができたとしたら、あの編集長はレベル4、あのライターはレベル3、あのデザイナーはレベル?なんて会話が横行する、恐ろしい世界になっちまうわけで・・あ、違うか。エディトリアルスペシャリスト、ライティングスペシャリスト、ですか(笑)・・・どうも・・墓穴を掘っているようなのでこの辺でやめときますが、たとえば、アップル社のエンジニアを対象に同様の調査をしたら、どんな結果になるんでしょうね〜。

・日経コンピュータ
 3万人調査で分かったITエンジニアの実態
 http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20071214/289554/

・All About Japan ネットビジネス
 ITSS解体新書
 http://allabout.co.jp/career/swengineer/closeup/CU20021229A/

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